■室堂生活
▼ 昭和51年(1976年)(写真提供・米森さん)
▼ 明彦さんスナップ写真から(春山)
明彦さんスナップ写真から(厨房)
明彦さんスナップ写真から(歩荷)
明彦さんスナップ写真から(室掃除、ゴミ主任、マットや毛布干し)
明彦さんスナップ写真から(受付、軽食コーナー、売店)
明彦さんスナップ写真から(郵便局)
明彦さんスナップ写真から(兵隊さん、ご苦労さん)
明彦さんスナップ写真から(道雄さん、兵隊、兵隊部屋、診療班)
明彦さんスナップ写真から(食事の行列、永平寺、ご来光へ)
▼1979年
兵隊小唄
(作詞 にちあか、日赤、金沢大学医学部室堂診療所員)
粋にかぶった麦藁帽子 ぼろのチョッキが似合うだろ
山の天気は晴れ雨曇り 滑る雪渓ピッケル任せ
お客さんご苦労さん
僕は室堂の僕は室堂の山岳兵
朝も早よからかまどの前で にらむ卓さん煙たかろ
今日もおかずは味噌汁ばかり
すくうなめこがずるりと逃げる
お客さん待っとくれ
僕は室堂の僕は室堂の炊事兵
ほうき片手に塵取り下げて 朝も早よから室掃除
今日も変らぬゴミの山 偶にゃ出て来い金目の物よ
お客さんどいとくれ
僕は室堂の僕は室堂の掃除兵
朝も早よから歩荷(負荷)稼業 わらじ脚絆が似合うだろ
重い荷物が生身にしみる まぶたに浮かぶあの子の笑顔
相棒よ待っとくれ
僕は室堂の僕は室堂の歩荷兵
偶にゃ会いたいあの子の笑顔 写真ばかりじゃつまらない
どうにもならない山の上 偶にゃ聞きたいあの子の声を
電々さんどいとくれ
僕は室堂の僕は室堂の山岳兵
朝も早よからカチカチ下げて 12曲を駆け下りる
お客さん泊まりは室堂ですか それとも南竜で天張りますか
お客さんご苦労さん
僕は室堂の僕は室堂の山岳兵
白山小唄と兵隊小唄は診療班の先輩たちが作ったのですね。
僕らの恋
山が育ちの僕らの恋は 恋は恋でも酒持ってこいよ
酒は酒でも僕らの酒は 熱き涙の恋の酒
山が育ちの僕らの恋は 恋は恋でもキス持ってこいよ
キスはキスでも僕らのはキスは 肩にくいこむキスリング
山が育ちの僕らの恋は 恋は恋でもテント持ってこいよ
テントはテントでも僕らのテントは 一万尺に張るテント
山が育ちの僕らの恋は 恋は恋でもはし持ってこいよ
はしははしでも僕らのはしは やまにかかった虹のはし
山が育ちの僕らの恋は 恋は恋でもザイル持ってこいよ
ザイルはザイルでも僕らのザイルは 心と心の命綱
山が育ちの僕らの恋は 恋は恋でもスケ持ってこいよ
スケはスケでも僕らのスケは かわいい赤胴スズのスケ
白山小唄
1.春の白山男ならおじゃれ 度胸試しの熊狩りに
2.夏の白山御前峰が招く 室にゃ娘の花が咲く
3.秋の白山いで湯につかりゃ 峰は紅葉の綾錦
4.冬の白山雷鳥ならで飛ぶは雄々しきスキーヤー
5.雪のカンクラ転法輪のいわや 池は千蛇の底知れず
6.夜の室堂で下界を見れば 福井、名古屋は目の下よ
7.朝の頂上で御神酒を飲めば 帰りゃふらふら千鳥足
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
朝から聞こえる笛太鼓
白山の尾根の
白山の尾根の ふもとの
牛首の流れ 岩魚が泳ぐ
一度おいでよ 我が市ノ瀬へ
オッハイヨー オオハイヨー オオハイヨー
ナルハ ライライヨー ライライヨー
別山の尾根の ふもとの
九頭竜の流れ あまごが泳ぐ
一度おいでよ 我が石徹白へ
医王山の尾根の ふもとの
浅野の流れ めだかが泳ぐ
一度おいでよ 我が金沢へ
御前の尾根の ふもとの
かんこ沢の流れ うんこが泳ぐ
一度おいでよ 我が室堂へ
穂高の尾根の ふもとの
梓の流れ 河童が泳ぐ
一度おいでよ 我が徳沢へ
剣の尾根の ふもとの
白萩の流れ 岩魚が泳ぐ
一度おいでよ 我が馬場島へ
アルプスの尾根の ふもとの
ラインの流れ 人魚が泳ぐ
一度おいでよ 我がへ
アンデスの尾根の ふもとの
アマゾンの流れ うなぎが泳ぐ
一度おいでよ 我がブラジルへ
ヒマラヤの尾根の ふもとの
ガンジスの流れ クジラが泳ぐ
一度おいでよ 我がカトマンズへ
キリマンの尾根の ふもとの
ナイルの流れ スフィンクスが泳ぐ
一度おいでよ 我がカイロへ
ロッキーの尾根の ふもとの
コロラドの流れ ???が泳ぐ
一度おいでよ 我がニューオリンズへ
高三郎の尾根の ふもとの
犀川の流れ うぐいが泳ぐ
一度おいでよ 我が金沢へ
雲取の尾根の ふもとの
多摩川の流れ ヘドロが泳ぐ
一度おいでよ 我が川崎へ
岳人の歌
(作詞作曲者不詳)
星が降るあのコール グリセードで
あの人は来るかしら 花をくわえて
アルプスの恋歌 心ときめくよ
なつかしの岳人 やさしかの君
白樺にもたれるは いとし乙女か
あの黒百合の花を 胸に抱いて
アルプスの黒百合 心ときめくよ
なつがしの岳人 やさしかの君
やさしかの君
ライダースインザスカイ
故郷を離れて 野に山に 行方定めぬ 俺達は
夕べの星見りゃ ほのぼのと
遠い昔の物語 ああ、物語り
あの娘は良家の お嬢さん 俺はしがない 山ガラス
どおせかなわぬ おいらの願い
笑うてくれるな お月様 ああ、お月様
はかない恋に 泣いたとて 山鳥飛び立つ 朝がくりゃ
僕の心は 喜びにあふれ 群れたつ鳥は
夢を呼ぶ ああ、夢を呼ぶ
暗い谷間を さかのぼり 峠の縁に 出たときは
白いでっかい あの峰に 向かって大きなあくびする
ああ、あくびする
ダンチョネ節
明日は下山か お名残おしいや
雨の二十日もね 降ればよい ダンチョネ
雨の二十日じゃ まだまだ足りぬ
雪の千丈もね 降ればよい ダンチョネ
雪の千丈じゃ まだまだ足りぬ
槍の千本もね 降ればよい ダンチョネ
槍の千本じゃ まだまだ足りぬ
加賀の白山が なけりゃよい ダンチョネ
加賀の白山じゃ まだまだ足りぬ
可愛いあの娘がね なけりゃよい ダンチョネ
可愛いあの娘じゃ まだまだ足りぬ
俺がこの世にね なけりゃよい ダンチョネ
山の男は 荒くれ者だよ
だけど時にはね 花を摘む ダンチョネ
花を摘んでも 山男にはよ
それを捧げるね 人もない ダンチョネ
山の男にゃ 娘はやれぬ
やれぬ娘がね 行きたがる ダンチョネ
山の男と 飛行機のりはよ
どこの谷間でね 果つるやら ダンチョネ
白峰かんこ踊り
(1)
1.河内の奥は 朝寒いとこじゃ 御前の風を 吹き下ろす
御前の風を 御前の風を 御前の風を 吹き下ろす
モータリ モータリ モータリナ
2.加賀の白山 白妙なれど 雪は降るまい 六月は
雪は降るまい 文月葉月 歌うてもうて 御山へ登りゃ
雪のまにまに 花が待つ
3.河内の奥に 煙が見える いねや出て見や 霞か霧か
御前の山が 焼けるのか 御山の焼けの 煙とあらば
ののが手を引け んなぼをおぶせ
そしておんじの うら山へ
4.向かいな 山を光るもななんじゃいナ
お月か星か 蛍の虫か
今来る嫁の たいまつか 今来る嫁の たいまつならば
しゃしゃげて灯せ やさ男
5.かんこを腰に 粟の草取れば 心はしん気 盆恋し
心はしん気 心はしん気 心はしん気 盆恋し
6.踊れやおどれ 皆出ておどれ
おどらにゃ 明日はくやしかろ
踊らいでも 明日はくやしこたないわいな
あしたから山な 草とりじゃ
7.お十九をしょじゃこ 二十歳をしょじゃこ
盆かたびらの 袖しょじゃこ
お十九もよいし 二十歳もよいし
盆かたびらの 袖もよい
(2)
1.河内の奥は 朝寒いとこじゃ 御前の風を 吹き下ろす
御前の風を 御前の風を 御前の風を 吹き下ろす
モータリ モータリ モータリナ
2.かんこを腰に 粟の草取れば 心はしん気 盆恋し
心はしん気 心はしん気 心はしん気 盆恋し
3.お十九をしょじゃこ 二十歳をしょじゃこ
盆かたびらの 袖しょじゃこ
お十九もよいし 二十歳もよいし 盆かたびらの 袖もよい
4.お前の子供は 幾たりござる 小池に一人 小川に一人
市の瀬川の 瀬に一人 小池に一人 小川に一人
市の瀬川の 瀬に一人
5.踊れやおどれ 皆出ておどれ おどらにゃ 明日はくやしかろ
踊らいでも 明日はくやしこたないわいな
あしたから山な 草とりじゃ
6.河内の奥は 朝寒いとこじゃ 御前の風を 吹き下ろす
御前の風を 御前の風を 御前の風を 吹き下ろす
7.加賀の白山 白妙なれど 雪は降るまい 六月は
雪は降るまい 文月葉月 歌うてもうて 御山へ登りゃ
雪のまにまに 花が待つ
8.河内の奥に煙が見える いね(母親)や出て見や霞か霧か
御前の山が焼けるのか
お山の焼けの煙とあらば のの(祖父)が手を引け
んなぼ(一番末の男児)をおぶせ(背に負え)
そしておんじ(山のかげ)のうら山へ
9.向かいな 山を光るもななんじゃいナ
お月か星か 蛍の虫か
今来る嫁の たいまつか 今来る嫁の たいまつならば
しゃしゃげて灯せ やさ男
10.踊れやおどれ 皆出ておどれ
おどらにゃ 明日はくやしかろ
踊らいでも 明日はくやしこたないわいな
あしたから山な 草とりじゃ
(3)
十七八の乳なら握りたや まんまるこてやこて
にぎりよてかとて
さと餅まんじゅう にぎるよナ
.十七八は道端のたけのこ ずんぐらこと剥けば 汁が出る
かわだけおちゃんぺに ?????
はやくけになれ なでまわす?
はいや
ハイヤ可愛いや何時来てみてもヨー
アーラヨイヨイヨイ
襷投げおく ソーレ 暇がないヨー
襷投げおく暇ならあれどヨー
アーラヨイヨイヨイ
あなた忘れる暇がないヨー
一夜一夜に心が変るヨー
アーラヨイヨイヨイ
誰がよこやをいれるやらヨー
来いと言付けその行く夜さはヨー
アーラヨイヨイヨイ
足の軽さが何時もよりもヨー
竹の一本橋や滑って転んで危いけれどもさまとなら渡ろヨー
アーラヨイヨイヨイ
落ちて死んでも ソーレ 主のそばヨー
・??????????????????
竹に雀はチユンチユンバタバタ 羽うち揃えて
七くの小竹のとぼそい所へ しなよくとまるヨー
アーラヨイヨイヨイ
とめてとまらぬ色の道ヨー
郡上節
かわさき
○郡上のナー八幡 出ていく時は(ア ソンレンセ)
雨も降らぬに 袖しぼる
(袖しぼるノー袖しぼる)アソンレンセ
(雨も降らぬに袖しぼる)
※以下、唄ばやし、返し省略
○心中ナーしたげな 宗門橋(そうもんばし)で
小駄良(こだら)才平(さいべい)と 酒樽と
○安久田(あくだ)ナー蒟蒻(こんにゃく)
名皿部(なさらべ)牛蒡(ごんぼ)
五町大根(だいこ)に 小野茄子(なすび)
○もはやナーかわさきゃ やめてもよかろ
天の川原は 西東
古調かわさき
○郡上のナー八幡 出ていく時は(ア ソンレンセ)
雨も降らぬに 袖しぼる
(袖しぼるノー袖しぼる)アソンレンセ
(雨も降らぬに袖しぼる)
※以下、唄ばやし、返し省略
郡上のナー殿様 自慢なものは
金の弩標(どひょう)に 七家老
天のナーお月様 つんまるこうてまろて
まろてかどのうて 添いよかろ
春駒
(七両三分の春駒春駒)
○(ホイ)郡上は馬どこ(ホイ)
あの磨墨の 名馬(ホイ)
出したも ササ気良の里(七両三分の春駒春駒)
※以下、唄ばやし、省略
○駒は売られて いななき交わす
土用七日の ササ毛附け市
○日照りしたとて 乙姫様の 滝の白糸 ササ切れはせぬ
○様が様なら 私じゃとても
かわる私じゃ ササないわいな
○なんと若い衆よ 頼みがござる
今宵一夜は ササ夜明けまで
○音頭取りめが 取りくだぶれて
さいた刀を ササ杖につく
■4月26日(水)晴れ
12時半、小松発鶴来行きのバスで鶴来へ(420円)。北鉄のストライキも大手私鉄の春闘妥結で中止となり助かる。鶴来から白山比咩神社までタクシー(550円)。13時半到着。14時過ぎにメンバーが揃い15時頃に白峰に向け出発。市ノ瀬永井旅館にて宿泊。明日の共同装備は一人15kg程度。夕食に熊汁。
■4月27日(木)晴れのち曇り
4時10分起床。5時に永井旅館出発。7時20分別当出合。ここで永井旅館で作ってもらったおにぎりで朝食。8時出発。別当出合の吊り橋は崩壊していた。
13時20分に室堂到着。例年より雪が多いとか。一息ついてトイレと水場の除雪確保。水場は凍結で使用不可。
■4月28日(金)晴れのち曇り
6時半起床。朝食後発電小屋の除雪。午前中日帰りの登山者1名。
午後、御前荘の除雪。夕方登山者2名。夕食後頂上へ行ってくる。22時45分就寝。
■4月29日(土)吹雪でガス。
ゴールデンウィークが始まる。7時10分起床。悪天候のため除雪作業が出来ず兵隊部屋で読書(ウォルト・ホイットマンの「草の葉」)。午後、やはり天候回復せず道雄さんが兵隊部屋にやってきて神戸さん、森下さん、中西さんの4人で17時まで麻雀。夕食後再び麻雀、自分は麻雀を知らないので読書。21時半就寝。
■4月30日(日)濃霧続く
7時15分起床。これまで除雪したところが再び雪で埋まっており再除雪。特に御前荘の窓周辺の除雪で明かりの確保を狙う。
午前中、10名ほどの登山者あり。午後、春山スタッフ後発隊(金大医学部の診療班構成の5名)がやってくる。就寝は23時。
■5月1日(月)今日も濃霧一時晴れ
5時50分起床。時折ガスの切れ間に頂上が見え、カメラをかかえて頂上へ。しかしまたガス。頂上でブロッケン現象に出会う。下山後朝食。朝食後、これまでの食事の食器の洗浄と水汲み作業。9時半から水場の除雪。
朝食後いよいよ登山客を部屋に案内。午後から天候回復。15時40分から今日2度目の頂上へ。しかし夕方またガスに。
今日は御前荘での仕事を教わる。
本日の宿泊登山者11名。春山は自炊であるが食事が出るものと勘違いの登山客もいた。
夕食後診療班と酒宴。21時40分就寝。
■5月2日(火)朝一時晴れ、のちガスで風強し
7時25分起床。朝水汲み作業。午前中、発電機の運転操作方法を習う。午後からしゃくなげ荘の裏口周辺の除雪作業。発電機の試運転。23時半就寝。宿泊登山客23名。
■5月3日(水)晴れ、風強し
7時25分起床。水場が凍結しており水汲み出来ず。午前中、御前荘の毛布たたみと掃除。午後から登山客を誘導。
生水さんを残し診療班下山。兵隊部屋にラジオ入る。就寝は23時。宿泊登山客36名。
■5月4日(木)晴れ
7時半起床。夜の吹雪で新雪が積もる。午前中は強風ながら午後は風が弱まりゴミ焼却。
宿泊登山客17名。中宮方面を目指す登山者4名のパーティー有り。
明日は自分以外の兵隊が全員下山となるため麻雀最終戦。自分は前日と同じく遠藤周作「ピエロの歌」を読書。
麻雀大会終了後、下山組の酒宴で就寝は24時。
■5月5日(金)午前中濃霧、午後から晴れる
7時25分起床。9時に神戸さん、森下さん、中西さん、生水さんが下山。登山者が増え忙しくなる。
本日の宿泊登山者68名。
夕方、先輩兵隊の吉田さんがやってくる。
■5月6日(土)晴れ
二十歳の誕生日を迎える。7時起床。吉田さんに御前荘の掃除や後片付けを手伝ってもらう。昼飯までセンター・カウンター横の明かり窓の除雪。午後、上市が美大山岳部パーティーでやってきる。
本日の宿泊登山者35名。
■5月7日(日)雨と濃霧
7時25分起床。8時に美大山岳部パーティーが下山。9時から御前荘掃除。10時、吉田さんがスキーで下山し、兵隊部屋に一人の生活が始まる。水場がようやく機能しはじめる。本日の宿泊登山者5名。
■5月8日(月)快晴(ただし下界は雲)
6時半起床。須甲さん、卓さんと3人で有線ケーブルの設置へ。甚ノ助小屋は屋根のみ見えここで昼食。13時40分作業を終え室堂へ。風がなく自分の衣服の洗濯(着替えも入山以来初めて)。夕方朝食を終えたあと18時過ぎから大汝山まで。夕陽に感動。18時40分大汝山、19時10分室堂に戻る
本日の宿泊登山者なし。22時就寝。
■5月9日(火)雨と濃霧
6時50分起床。読書三昧の一日で21時半就寝。宿泊登山者なし。
■5月10日(水)雨と濃霧続く
7時起床。朝食後、卓さん下山。天気図を取るが悪天候続きそう。21時半就寝。宿泊登山者なし。
■5月11日(木)曇り時々ガス
7時半起床。午前中センター前周辺の除雪。午後、自衛隊救難隊のヘリが訓練で飛来。野菜の差し入れに感謝。
夕食後、スキー。本日の宿泊登山者2名(日帰り登山者ほかに2名)。
■5月12日(金)五月晴れの快晴
7時起床。朝食後道雄さんと8時40分から11時40分まで遠足(山歩)。
午後、御前荘の水拭き。須甲さんのスキー(直滑降)に感動。本日の宿泊登山者ゼロ。
■5月13日(土)午前中晴れ、午後から曇り
6時40分起床。朝食後食器洗いと洗濯、洗髪。
午後、スキーヤーの変なジジイが来る。道雄さん曰く毎年来る困り者で春山は食事を出していないことを知っていながら、わざと食事装備なしで登ってくるそうである。本日の宿泊登山者14名。22時就寝。
■5月14日(日)晴れのち曇り夕方一時雨
6時20分起床。須甲さんが平瀬道より下山。これで室堂には道雄さんと自分の2人のみとなる。
午前中、御前荘の掃除。昼食後、地下水水場の穴掘り作業。夕食後頂上まで2往復。宿泊登山者ゼロ。21時40分就寝。
■5月15日(月)晴れのち曇り
6時15分起床。朝食後9時過ぎから道雄さんと遠足(山歩)、今回は翠ヶ池、大汝山方面。12時半に室堂に戻る。
発電機のオイル交換。宿泊登山者1名。夕食後スキー。21時40分就寝。
■5月16日(火)晴れ
6時20分起床。終日、発電小屋前の水場の除雪。夕食後スキー。本日の宿泊登山者3名(うち連泊1名)。
■5月17日(水)曇りのち霧雨 夜になって本格的な雨
5時50分起床。朝食後、御前荘の掃除と社務所周辺の除雪作業。午後は読書。宿泊登山者3名。就寝22時10分。
■5月18日(木)風雨強し
6時20分起床。読書三昧の1日。小林秀雄「考えるヒント3」読み終える。宿泊登山者1名。22時半就寝。
■5月19日(金)風雨強く濃霧
6時25分起床。日帰り登山者4名、宿泊登山者ゼロ。有線ケーブル切断か通話不能に。22時就寝。
■5月20日(土)風雨強し
6時20分起床。前日より一段と風雨強まる。15時頃天候の一段落を見計らって黒ボコ岩まで電話ケーブルのチェックへ。弥陀ヶ原でケーブル切断個所を発見し、一旦室堂に戻り道具を準備して切断個所の修復。宿泊登山者10名。22時就寝。
■5月21日(日)連日の悪天候で風雨強く濃霧状態
6時10分起床。100名近い日帰り登山者(前日甚ノ助小屋宿泊含む)。県の関係者が来訪。福井高体連の下見有り。
宿泊登山者19名、工事関係宿泊者2名。21時半に就寝。
■5月22日(月)霧のち晴れ、風強し
6時5分に起床。朝食後、御前荘の掃除と窓周りの除雪。ポンプにより水汲み作業。午後洗濯。
夕食後頂上へ。頂上は風が強く時折氷雪も飛んでくる。宿泊登山者7名。21時40分就寝。
■5月23日(火)快晴
午前中、ゴミ焼却。御前荘掃除。E倉庫入り口の除雪、社務所周辺除雪、センター周辺除雪。夕食後スキー。宿泊登山者ゼロ。22時半就寝。
■5月24日(水)晴れ時々曇り
6時起床。午前中、センター前の除雪とゴミ焼却。午後、白山荘の掃除と白山荘の毛布干し。夕食後スキー。いつもは室堂より上部を滑降していたが今日は弥陀ヶ原まで。室堂へ戻る途中、自分の名前を呼ぶ人がいて、これが中尾さんとの初対面となる。中尾さんの差し入れがありがたし。2人でホワイト一本。宿泊登山者なし。22時就寝。
■5月25日(木)快晴、午後曇り一時雨
6時起床。今日で入山1ヶ月。朝食後空のガスボンベをヘリポートへ移動。午後洗濯。夕食後弥陀ヶ原までスキー。中尾さん連泊。中尾さんの差し入れ(苺味フルーチェ、牛乳、食パン、チョコレート、おかきなど)に驚く。中尾さんと音楽や白山のことで話し込む。22時10分就寝。宿泊登山者なし。
■5月26日(金)午前中快晴、午後曇り一時雨
6時10分起床。朝食後、御前荘、くろゆり荘、しゃくなげ荘、白山荘の窓を全開し換気清掃。昼食前にスキー。六地蔵から滑降。
13時中尾さんが下山。14時過ぎから天候が悪化し一時雷雨。15時半、公園管理事務所の千村さんが来る。夕食後再びスキーで弥陀ヶ原へ。19時半には発電機を止める予定だが、黒ボコ岩19時25分。遅れたとはいえ15分で室堂まで戻る。頑張りすぎたせいか体調崩す。千村さんが持ってきてくれたここ数日の新聞をむさぼるように読む。
室堂前のベンチ周辺に土が顔を出す。宿泊登山者1名。21時10分就寝。
■5月27日(土)晴れ。風やや強し
6時5分起床。午前中、掃除のあと前々日の雷雨時に道雄さんが置いてきたスコップの回収へ黒ボコの下迄スキーで。
自衛隊の救難隊ヘリが訓練飛来。14時半、千村さんがスキーにて下山。石川高体連から6月2〜4日に白山登山の連絡有り。後輩達との再会に期待。夕方、頂上まで登り(入山以来7度目の頂上)六地蔵から弥陀ヶ原までスキー。今回は初めて転倒なしで滑降。
宿泊登山者15名。21時50分就寝。
■5月28日(日)晴れ時々曇り
6時45分起床。初めて朝寝坊してしまう。日帰り登山者約60名、宿泊登山者5名。日帰り登山者の中に姉の友人(小松労山)がいて姉へのフィルムを託す。夕食後、六地蔵から弥陀ヶ原までスキー。
■5月29日(月)曇り、午後より濃霧
6時10分起床。御前荘の掃除のあと道雄さんと大汝山、御手水鉢まで。13時半から15時まで昼寝。森下さん、中西さんが今週後半来るとの連絡。宿泊登山者なし。21時就寝。
■5月30日(火)雨と濃霧、16時過ぎより雨が雪に変わる
6時35分起床。終日うっとおしい一日。夜にかけ気温が低下し夕食の17時の外気温マイナス5度に。宿泊登山者なし。21時就寝。
■5月31日(水)吹雪
6時10分起床。起きてみると窓の隙間から粉雪が入り枕周りも雪が。昼のMROニュースでも白山での降雪のニュース。輪島の上空5000メートルにマイナス20度の寒気団とか。宿泊登山者なし。20時半に就寝。
■6月1日(木)晴れ、風強し
6時15分起床。冷え込み厨房の水の表面が氷っている。朝、スキーで弥陀ヶ原まで。新雪と氷面に手こずる。
午後から登山者が増え始め、8名の日帰りパーティーにお菓子や果物の差し入れを頂く。
夕食後、再び弥陀ヶ原までスキー。本日の宿泊登山者2名、日帰り登山者13名。22時半就寝。
■6月2日(金)晴れ
6時起床。午前中、御前荘の掃除、しゃくなげ、くろゆり、白山荘も窓全開で換気清掃。前日の吹雪で各小屋の中に窓の隙間から雪が入っているため乾燥させる。午後、洗濯。社務所の畳をひく。トイレに灯りを設置。
17時、小松工業の高野先生ほか高体連がやってくる。大聖寺高校に移った瀬川先生ほか懐かしい先生たちと再会。夕食後、後輩達が一緒に夕食をとの誘い有り、夕食を2度取ることに。22時10分就寝。高体連以外の一般宿泊登山者は1名のみ。
■6月3日(土)くもり
6時15分起床。午前中、御前荘、白山荘の掃除。午後より登山者が増えはじめ御前荘が満杯となりしゃくなげ荘も利用。
日帰り登山者は30名ほどながら一般宿泊登山者86名プラス高体連。20時半に消灯後、先生たちの誘いを断り現役の後輩たちの部屋へ行き歓談。23時半に就寝。
■6月4日(日)雨と霧
6時5分に起床。9時過ぎに高体連一行が下山。掃除終了は12時半に。昼食後白山荘の掃除。宿泊登山者12名。21時半に就寝。
■6月5日(月)朝方一時晴れ。霧。夕方一時あられが降る。夜になって風雨強まる。
6時5分起床。前夕から有線電話が通じずそのチェックのため朝食後別当覗きや甚ノ助小屋まで降りるもトラブルの箇所発見出来ず。本日の登山者3名、うち1名のみ宿泊。22時半就寝。
■6月6日(火)晴れ時々曇り(霧)
6時10分起床。午前中、御前荘の掃除のあと発電小屋ハッチの取り外し。および除雪作業。
午後、ゴミ焼却、除雪作業、E倉庫の清掃。夕食後久々に六地蔵からスキーで弥陀ヶ原まで。雪面がクラスト状態でエッジの効き悪し。転倒し顔面から出血も。登山者なし。22時半就寝。
■6月7日(水)晴れたり曇ったり
6時20分起床。午前中、各小屋の換気作業と明日からのヘリ空輸に向けた準備で一輪車に空気入れ。
久々の洗髪。午後、発電小屋周辺の除雪。夕食後、弥陀ヶ原までスキー。
■6月8日(木)晴れ
4時半に起床。朝食後からヘリの空輸作業。最初のヘリ飛来でE倉庫の内装関係工事の大工さんたち6名が2回にわけて飛来。引き続きその資材の空輸。そして室堂物資の空輸。しかし道雄さんと自分の2人のみでの受け手のため届く荷物の運搬に追いつけず四苦八苦。工事関係の大工さんにも手伝ってもらう中、石徹白さん、卓さんもヘリで到着しようやく作業が回りだす(須甲さんだけは登山道を歩いて室堂入り)。
夕食は豪勢にとんちゃんで。宿泊登山者3名、20時20分就寝。
■6月9日(金)晴れ
4時40分起床。ヘリ空輸2日目。朝食までに1ラウンド(ヘリ給油のまでの7〜8回分の飛来)を終え午前中までに空輸作業の大半を消化。しかしフライトの谷間も休めず物資を倉庫へ移動。
午後、中尾さんをはじめ5名の助っ人が到着し作業が楽になる。逆に助っ人登場で気が緩んだのかドラム缶に指を挟む怪我を。
夕食は焼き肉と生ビールの豪華な食事に。兵隊部屋も久々に賑わう(中尾さん、明彦さん、池田さん、中村さん、上市の5名)。
宿泊登山者2名。就寝は22時20分。
■6月10日(土)晴れ一時曇り
5時10分起床。前日同様朝食前に1ラウンドの空輸作業をこなす。朝食後の1ラウンドで室堂関係の空輸がほぼ終了。引き続き夕方まで工事関係の空輸作業。助っ人5人は11日の下山を予定したものの天候下り坂で午後に下山。これで7月までまた一人での兵隊部屋生活。午後から登山者が増えだす。九州が梅雨入り。宿泊登山者31名。22時20分就寝。
■6月11日(日)雨のち濃霧
6時40分起床。朝食後、御前荘の掃除。ボイラーが稼働し入山以来46日目にして入浴。北陸地方が梅雨入り。
宿泊登山者2名。21時半就寝。
■6月12日(月)霧のち晴れ
6時半に起床。朝食後、御前荘の掃除とゴミ焼却。道雄さんがヘリで来た県観光課の人たちと下山。
午後、除雪作業。揚水作業。夕食後スキー。21時半就寝。宿泊登山者3名。
■6月13日(火)霧、夕方一時雷雨やあられ
6時40分起床。御前中、食器洗い、洗濯、御前荘掃除。天候の合間をぬってヘリで畳屋さんやポンプ工事関係者6名が飛来。
午後、古いござの焼却。脱水機のモルタル台工事手伝い。高校山岳部の同期の草深が友人と2人でやってくる。意外な来客に驚く。夕食後、草深の部屋(御前荘)で歓談。差し入れはチーズ入りフランスパン。宿泊登山者はこの2名のみ。20時半就寝。
■6月14日(水)晴れのち曇り 9時の気温7度
6時35分起床。午前中、発電機のオイル交換。御前荘掃除。昼食(うなぎ蒲焼き)や夕食は差し入れオンパレードで鯉刺身。ワラビ。焼き肉。
センター裏のミヤマガラシの花が咲く。須甲さんによると五葉坂で桜が咲いているとか。
宿泊登山者90名(うち福井高体連関係85名)。21時就寝。
■6月15日(木)晴れ時々曇り 9時の気温9度
6時15分起床。午前中、食器洗い。御前荘掃除。午後、発電小屋の配電盤が新しくなりその名札付けなど。登山者なし。21時就寝。
■6月16日(金)午前中雨、濃霧。9時の気温10度
6時45分に起床。金剛杖420本に焼き印。前日ヘリで空輸されたお土産絵はがきを倉庫にしまう。登山者なし。21時就寝。
■6月17日(土)濃霧のち晴れのち曇り。9時の気温10度
6時35分起床。午前中、ゴミ焼却、トイレ掃除。金剛杖500本に焼き印。
夕方いわゆる4人組(明美さん、千恵さん、小林さん、大ちゃんさん)がやってくる。ビールの差し入れ有り難し。室堂にやはり女子がいると雰囲気も一変。宿泊登山者28名。21時就寝。
■6月18日(日)晴れのち雨
6時15分起床。発電機の給油。御前荘の掃除は4人組がやってくれる。4人組は昼食後下山。
午後、入浴と洗濯。夕食後、19時頃に石川テレビの取材班6名がやってくる。
宿泊登山者11名。21時就寝。
■6月19日(月)雨
5時起床。今日は入山後初めての休暇下山。朝食後、食器洗い。8時20分に須甲さんと共に観光新道経由で下山。
市ノ瀬永井旅館で道雄さんが千村さんの車でやってきたところと落ち合う。入山下山のすれ違いに。白峰まで須甲さんの軽トラで。白峰から金沢行きのバスまで2時間あり歩けるところまで歩く。雨も降って雨具を付けての歩行。桑島を結構すぎたところでヒッチハイクに成功。のせてくれたのは泉ヶ丘高校山岳部OB、名城大学山岳部OBで自分と同じ同性の27歳で薬局をやっているとか。下吉野まで乗せてもらい再び歩き出す。鶴来に入り白山比咩神社に近づいたあたりで白峰発金沢行きのバスに追い越される。
神社に着くと権宮司さんが出迎えてくれる。ゆっくりしてけといわれるも雨でびしょ濡れで申し訳なく、早く小松に帰りたい気持ちもありそうそうに神社をあとに。加賀一の宮から電車での予定が時間があわず鶴来までタクシー(運ちゃんの鮎釣りの話で下界を感じる)。
鶴来で20分待ちし寺井行きの電車に。電車内の白いブラウスの高校生にも下界の初夏を感じる。寺井から国鉄で小松へ。小松のバス停で小学校の同級生の釜本さんにも偶然あう。小松ではまず中西さんに下山の挨拶へ。
■6月20日(火)晴れのち曇り時折前
午前中、山の服装やザックなどを干す。自転車(愛車ユーラシア)で小松の街へ行き、ここから輪行で金沢へ。登山用品店、古本屋を周り上市の下宿へ。その後レコード屋を周り上市と茂樹のアパートへ。ここで宿泊。
■6月21日(水)曇り時々雨
午前中、茂樹の情報をもとに増泉の総合園芸へ行き、観葉植物を物色。11時半に美大で上市と落ち合う。一緒に学食で昼食後、古本屋や福音館へ。夕食後、茂樹と岡林信康のコンサート(北国講堂)へ。コンサート終了後22時18分の最終電車で小松に帰るために金沢駅へ。23時半帰宅。山へ戻る準備をして1時半頃に就寝。
■6月22日(木)雨 再び白山へ
4時半に起床。5時に近所のバス停で中西さんと落ち合い、いちべえ茶屋まで車で送ってもらう。中西さんも一緒に室堂まであがり13時に下山。雨の中、室堂まで送ってもらった形となり感謝。21時就寝。登山者なし。
■6月23日(金)霧、雨が降ったりやんだり 9時の気温10度
6時35分起床。午前中、食器洗い。脱水機の設置、昼に発電機保守の金丸さんが来る。
今回の下山で仕入れてきた本16冊の読書開始。
宿泊登山者なし。22時就寝。
■6月24日(土)曇りのち霧 9時の気温12度
6時35分に起床。8時半に石徹白さんが下山。午前中の天候を見計らって各小屋の換気。くろゆり荘の湿気がひどく一部畳にカビも。
昼過ぎに金丸さんが10kva、5kvaの2台の発電機の整備保守を終え下山。入れ替わりに3台目の大型60kvaの日野の整備士3人がやってくる。宿泊登山者31名。21時40分に就寝。
■6月25日(日)濃霧の雨、昼過ぎから雨強まる。9時の気温9度
6時15分起床。朝食後、御前荘掃除、食器洗い。10時過ぎ、日野エンジンの3名下山。午後、D、F、G倉庫の整理整頓。主に売店用品。宿泊登山者なし。22時就寝。
■6月26日(月)濃霧 9時の気温8.5度
6時25分起床。ほぼ終日売店用品の整理整頓と売店準備。15時半に小松電報電話局の6名来る。17時半に石徹白さんが戻る。
宿泊登山者なし。21時就寝。
■6月27日(火)濃霧。雨強し 9時の気温10度
6時10分に起床。8時頃に卓さんが下山。雨で読書が進む。宿泊登山者なし。21時40分就寝。
■6月28日(水)濃霧、15時過ぎから晴れて来る。9時の気温9度
6時20分起床。連日の雨で小屋の畳にカビがはえ雑巾がけ。特に御前荘とくろゆり荘のカビがひどい。
15時過ぎから久々に展望が開け弥陀ヶ原や別山を望むことができる。弥陀ヶ原の雪も大方消える。
電話用のアンテナ2本が立つ。夕食後頂上へ。目標の15分には1分足らず16分。宿泊登山者なし。22時半就寝。
■6月29日(木)霧時々晴れ
朝食後、食器洗い。食事チケットのスタンプ押し。昼食後、夏山スタッフ第一陣(兵隊1名、神社3名、厨房女子3名、受付1名)の8名を迎えに下山。十二曲がりで落ち合い、神社の斎藤さんの荷物を一部担いで室堂へ。兵隊は上市の先輩の美大の神谷さん。宿泊登山者1名。21時半に就寝。
■6月30日(金)曇りのち霧雨。9時の気温13度
6時20分に起床。朝食後食器洗い。小屋の換気。マイク、スピーカーの設置。畳干し。
午後、夏山第2陣の明彦さん、中村さん、中尾さん、塩路さんが到着。県の観光課、報道関係者、診療班1名(前田さん)もきて室堂が活気づく。宿泊登山者91名。22時20分就寝。
■7月1日(土)霧時々雨、夕方より晴れる。9時の気温12度
4時55分起床。5時半に発電機起動。6時半からラジオ体操。食器洗いのあと8時半から開山祭。その後朝食。
朝食後、突然停電。10k発電機が水漏れオーバーヒートで60kに切り替え。午後から登山者増える。明彦さんに赤ちゃん産まれるとの電話。兵隊部屋でその祝賀の宴。
宿泊登山者109名。22時20分就寝。
■7月2日(日)晴れ時々曇り。9時の気温15度(この日の最低気温9度、最高気温19.6度)
5時5分起床。5時45分、60k発電機起動。ラジオ体操後、食器洗い、ゴミ焼却。
6時、中村さんが歩荷に下山。7時45分、吉田さんがやってくる。小屋掃除、換気。御前荘のマット干し。
午後、くろゆり荘の畳干し。金丸さんがきて10k発電機の修理。消灯まで修理した10k発電機で給電。
宿泊登山者15名。21時45分就寝。
■7月3日(月)晴れ。9時の気温14度(この日の最低気温11度、最高気温19度)
6時起床。食器洗い。朝食後、御前荘掃除。ゴミ焼却後、入浴。
午後、雑用水プールの泥さらい&水張り。室堂付近の登山道のロープ張り。宿泊登山者21名。22時10分就寝。
■7月4日(火)霧と雨。9時の気温13.2度(この日の最低気温11.2度、最高気温19.2度)
6時5分起床。10時半に南竜ヶ馬場へ10k発電機の修理部品などを受け取りに下山。万才谷から南竜ヶ馬場山荘裏手へ続くルートが濃霧のため雪渓上では分かりづらかったもののなんとか切り抜ける。12時45分に室堂に戻る。
午後、赤ちゃん誕生で一時下山していた明彦さんが戻ってくる。
四国や近畿が梅雨明け。体重66.5kg。宿泊登山者3名。
■7月5日(水)晴れ。9時の気温16.5度(この日の最低気温8度、最高気温19度)
6時起床。午前中、各小屋の窓を開け換気。畳干し。しゃくなげ荘のマット干し。兵隊部屋の布団干し。
午後はドラム缶の移動など。18時より白山荘で兵隊コンパ。
中国・九州地方が梅雨明け。宿泊登山者7名。20時半就寝。
■7月6日(木)晴れ一時曇り。9時の気温18.5度(この日の最低気温9.5度、最高気温23.7度)
4時半に起床。午前中、各小屋の窓全開し換気。御前荘の毛布干し。午後、廃材運びなど。夕方ヘリ空輸。室堂関係は1回、他工事関係。体重63.7kg。宿泊登山者19名。21時半就寝。
■7月7日(金)晴れ一時雨。9時の気温18.7度(この日の最低気温10.8度、最高気温22.7度)
6時10分起床。食器洗いのあと朝食。各小屋の窓全開し換気、ゴミ焼却。ヘリ空輸2日目。工事資材の他、25kvaの新しい発電機が届く。白山荘を掃除しお客さんの受け入れ準備。発電小屋の配置変え。古い1.5kvaの発電機をE倉庫に移動。その場所に5kva、5kvaの場所に10kva発電機を設置。10kvaのあった場所には新しい発電機を設置のためコンクリートの台座を打ち直し。
金沢が梅雨明け。宿泊登山者19名。22時就寝。
■7月8日(土)晴れのち曇り一時雨。9時の気温18.5度(この日の最低気温10.7度、最高気温23.3度)
6時起床。6時半に中村さんが歩荷とカチカチに出る。食器洗いのあと朝食。各小屋の窓全開し換気、くろゆり荘の畳運び。白山荘のマットレス運び。しゃくなげ荘の畳のカビの拭き取り作業。しゃくなげ荘のお客さん受け入れ準備整う。
午後、くろゆり荘の掃除、くろゆり荘へ毛布運び入れ。新兵の砂田君が室堂入り。他厨房関係の女の子も入山。午後からお客さんの受け入れが忙しくなり白山荘、御前荘、しゃくなげ荘が満室となる。宿泊登山者数415名。
■7月9日(日)晴れ一時雷雨。9時の気温17.2度(この日の最低気温9.8度、最高気温19.2度)
5時起床。朝食迄食器洗い。朝食後小屋掃除。午後、前日に比べお客さんが少なく一段落。
吉田さんが朝来て夕方下山。体重64.8kg。宿泊登山者28名。
■7月10日(月)曇り時々晴れ。9時の気温16度(この日の最低気温10.8度、最高気温18.5度)
6時に起床。11時頃、10kvaの発電機がオーバーヒート。60kvaに切り替え。原因はファンベルト切断。
神谷さんと道雄さんが午前中、七倉の危険個所にロープを張りに行く。
宿泊登山者数10名。21時45分就寝。
■7月11日(火)霧一時雨。9時の気温14.5度(この日の最低気温11.2度、最高気温17.4度)
6時10分に起床。朝食後、御前荘の掃除。マイク取り替え。洗濯など。11時に神谷さんが一時下山。入れ替わりに神社の加藤さんと巫女さんが入山。
午後、森下さん、中尾さん、古戸が入山。体重65kg。20時頃、弟から電話があり8月3〜4日の予定で白山に来るとのこと。22時就寝。
宿泊登山者15名。
■7月12日(水)霧と雨。9時の気温12度(この日の最低気温10.6度、最高気温13.0度)
6時起床。8時過ぎに神社の加藤さんと巫女さんの3名が下山。続いて道雄さんもNHKのテレビ収録のため下山。午前中60kva発電機のオイル交換。飲料水の揚水作業。兵隊部屋掃除。今日から7号室に移動。
午後、塩路さんと社務所に行きお酒を頂く。池田さんと新兵の中村(巌)君が入山、厨房女子の森さんも入山。宿泊登山者61名。
■7月13日(木)霧と雨、のち曇り一時晴れ。9時の気温8.5度(この日の最低気温6.3度、最高気温13度)
5時半起床。朝食後、御前荘の掃除。砂運び。ゴミ焼却。午後、発電機の燃料給油。畳干し。宿泊登山者25名。
■7月14日(金)晴れのち曇り。9時の気温16度(この日の最低気温7.8度、最高気温19.8度)
宿泊登山者61名
■7月15日(土)晴れ。9時の気温13度(この日の最低気温9.8度、最高気温17.4度)
5時に起床。今日より25kva発電機を本格稼働。塩路さんが早朝、カチカチに降りる。新兵の大谷大生・二見君が入山。夕方、中村さんが入山、差し入れにマグロ刺身。
午後、体調崩し、診療班から薬をもらう。神谷さん、池田さんが当直当番。宿泊登山者1043名。22時15分就寝。
■7月16日(日)曇りのち霧のち霧と雨。9時の気温12.5度(この日の最低気温9.4度、最高気温16.0度)
4時起床。発電機起動後、各小屋のゴミ状況確認。宿泊者が1000人を超えるとゴミも多く、その始末に追われる。5時半に厨房入りし3時間の皿洗い。食器洗いを終え朝食。9時〜11時まで各小屋の清掃。昼食時、道雄さんが戻る。
午後、吉田さん、4人組、受付の女の子一人が入山。消灯後に雑用水の揚水。宿泊登山者144名。22時就寝。
■7月17日(月)晴れのち曇り一時霧。9時の気温11.2度(この日の最低気温10.2度、最高気温16.1度)
5時20分起床。早朝吉田さん下山。来週また室堂入りするとのこと。小屋の掃除の後入浴。中尾さんと背中の流し合い。修ちゃん、明彦さんが下山。午後、センター周辺のゴミ拾い。空き缶プレスなど。宿泊登山者166名。22時10分就寝。
■7月18日(火)くもり
5時起床。朝食後、社務所で大祭の神事。小屋掃除のあと大白山?ダムよりホースを引き第2プールへ給水。
午後、センター周辺の側溝掃除。神戸さんが入山。夕方から全員で大祭の宴会。21時より須甲さん、診療班も参加し兵隊部屋で2次会。宿泊登山者193名。23時就寝。
■7月19日(水)
5時20分起床。起床後前夜の宴会の後片付けと掃除。神谷さんが歩荷のため気象観測と報告を代役。小屋の掃除の後ゴミ焼却、水銀灯取り付け。
午後、ドラム缶運びと宿泊客誘導。夜、雑用水と飲料水の揚水。宿泊登山者176名。22時半就寝。
■7月20日(木)晴れ時々曇り。
5時20分起床。今日は遠足で朝食後すぐに小屋掃除。9時に遠足出発。中尾さんと自分のみ留守番。遠足組の弁当一部忘れに気がつき頂上まで弁当届ける(入山以来9度目の頂上)。午後、グランドキーパー。宿泊客誘導。棚野さんと谷口、菊田新兵が室堂入り。
宿泊登山者124名。21時半就寝。
■7月21日(金)
4時起床。入山以来初めてのご来光のため頂上へ。朝食後発電機のオイル交換。午後はお客さんの誘導。宿泊登山者367名。22時就寝。
■7月22日(土)
4時35分起床。朝から夜まで忙しく、特に午後は登山客が続々と室堂入り。宿泊登山者1432名。22時15分就寝。
■7月23日(日)
3時20分起床。早朝、厨房で皿洗いの最中、受付に高校山岳部の後輩が文庫本数冊を置いていってくれる。忙しく会えず。
午後、1時間の仮眠。夕方弟が来る。みんなの好意で兵隊部屋に。新兵の山下君入山。宿泊登山者844名。22時15分就寝。
■7月24日(月)
9時に弟が下山。また8月3日に来るとのこと。午後、仮眠。宿泊登山者481名。
■7月25日(火)晴れ。午後時々雨
5時起床。5時半に高校山岳分の恩師・松山先生が南竜ヶ馬場から中宮へ向かう途中、立ち寄ってくれる。南アルプス北部縦走のトレーニングで単独で来たという。
午後13時〜15時まで仮眠。白山で初めて蚊に出会う。体重62.9kg。宿泊登山者467名。
■7月26日(水)晴れ。午後雨
4時半起床。朝食後、60kva発電機の給油パイプ補修。神谷さん歩荷のため気象観測と報告を代役。午後1時間の仮眠。
小松商業高校の学校登山の中に中学時代の友人の妹がいて差し入れのサントリーホワイトを届けてくれる。その小松商業の生徒が夜中に急性胃腸炎となり救難隊ヘリを要請。宿泊登山者896名。22時半就寝。
■7月27日(木)
3時25分起床。道雄さんに早めに起こされ救難隊ヘリ受け入れのための無線連絡のため送電開始。5時、自衛隊ヘリ飛来し無事女子生徒を下ろす。21時45分就寝。宿泊登山者1164名。
■7月28日(金)
3時50分起床。高校山岳部の後輩の多保田君が家族とやってくる。夏山合宿のためのカンパをことづける。宿泊登山者1150名。
■7月29日(土)快晴。9時の気温16.9度(この日の最低気温11度、最高気温22.5度)
3時50分起床。シーズン最盛期を迎える。昼食前に1時間の仮眠。飲料水の地下水が枯渇しかかり、別の水場をお客さんに案内。22時就寝。
■7月30日(日)快晴。9時の気温19.3度(この日の最低気温9度、最高気温20.2度)
3時15分起床。お客さんの中に中学の同級生の多賀君がいて驚く。いよいよ飲料地下水が枯渇に近づく。14時、仮眠中に塩路さんが下山。21時40分就寝。宿泊登山者902名。
■7月31日(月)快晴
3時50分起床。小屋掃除のあと池田さん下山。夜、生ものなどの歩荷。31kgで中飯場から2時間45分。五葉坂で痙攣も。就寝23時。宿泊登山者804名。
■8月1日(火)晴れのち曇り
3時50分起床。日中、仮眠を2時間。夜の歩荷2日目。31kgで中飯場からの時間は前日と同じ。痙攣は起きず。22時半就寝。宿泊登山者432名。
■8月2日(水)霧と雨、風が次第に強くなる。
4時40分起床。台風8号が本州上陸し影響で風強まる。瀬川先生が大聖寺高校を引率し来る。化石採集でお世話になった関戸先生も小松少年科学教室の引率で来られる。21時45分就寝。宿泊登山者621名。
■8月3日(木)風雨強し
4時40分起床。正午頃に台風8号が能登沖へ遠ざかり、夕方頃から天候回復気味へ。15時過ぎに上市が来る。21時45分就寝。宿泊登山者308名。
■8月4日(金)
5時起床。弟と姉が来る。久司さん入山。20時から白山荘でコンパ。22時半就寝。宿泊登山者446名。
■8月5日(土)快晴
4時40分起床。多忙極める。宿泊登山者1311名。
■8月6日(日)記載なし。宿泊登山者658名。
■8月7日(月)曇りのち霧
棚野さん、谷口君、菊田君、中村君が下山。友人の茂樹が来る。高校山岳部先輩の中川さんも来る。両者より差し入れ有り。
宿泊登山者422名。
■8月8日(火)記載なし
■8月9日(水)晴れのち曇り
5時10分起床。午前中、御前荘、白山荘のマットレスや毛布干し。夜、明彦さん、砂田君の下山のお別れコンパ。21時半就寝。宿泊登山者206名。
■8月10日(木)霧時々晴れ
5時10分起床。ティータイムのあと明彦さんと砂田君が下山。午後、くろゆり荘の側溝の掃除、グランドキーパー。今日より兵隊部屋(1号室)に復帰。21時半就寝。宿泊登山者217名。
■8月11日(金)晴れ時々曇り
5時10分起床。午後、十分な仮眠をとり、このところの体調不振が回復。21時45分就寝。宿泊登山者252名。
■8月12日(土)晴れのち曇り
5時10分起床。小屋掃除のあと二見君が下山。壊れた鳥居の片付けとグランドキーパー。2、3日前から雪渓から引いていた雑用水も断水状態ながらプールや雑用水タンクは満水状態を維持。21時10分就寝。夜、吉田さんと森下さんが入山。宿泊登山者556名。
■8月13日(日)晴れのち曇りのち雷雨
4時半に起床。室掃除のあとのティータイムに吉田さん、森下さんの差し入れのスイカをいただく。21時45分就寝。宿泊登山者745名。
■8月14日(月)晴れのち霧
4時半起床。お盆で再びいそがしくなる。日記は昼食後の仮眠前に。21時半就寝。宿泊登山者643名。
■8月15日(火)曇り時々霧のち雨
4時20分起床。8時半に高校山岳部先輩の小中さんがやってくる。昼食後、吉田さん下山。山下君が風邪で体調崩し、歩荷とカチカチで2名が降りており人員不足で忙しくなる。10時より社務所で月次祭、お神酒をたくさん頂く。21時15分就寝。宿泊登山者558名。
■8月16日(水)霧のち雨
4時20分起床。忙しさがピークアウト。体重64.1kg。19時半より明日下山のお別れ会と今日登ってきた厨房の女の子の歓迎会を兼ねたコンパをE倉庫2階で開く。途中より池田さんと砂田君が登ってきて加わる。23時20分就寝。宿泊登山者123名。
■8月17日(木)霧時々雨
5時20分起床。朝食後、卓さんが下山。ティータイムのあと、厨房の女の子4名、森下さん、上市が万歳三唱の中を下山。
昼食は池田さんと砂田君が差し入れてくれた冷やし中華をいただく。昼食中、石徹白さんが室堂入り。22時10分就寝。宿泊登山者93名。
■8月18日(金)霧。午後時折晴れ間も
5時20分起床。朝食後、待望の入浴。入浴後室掃除。池田さんと砂田君が下山。22時就寝。宿泊登山者112名。
■8月19日(土)霧。風邪やや強し(台風接近)
5時40分起床。忙しさがピークを越え気が緩んだのか起床15分遅れる。室掃除のとき荷物の置き去りが見つかり一時遭難かとの騒ぎに。診療班が偵察に出発。結果として荷物の持ち主が見つかり一安心。
夜、2号室の新顔3名と初顔合わせコンパを兵隊部屋で。久司さんの下山コンパも兼ねる。22時に吉田さんが室堂入り。22時半就寝。宿泊登山者392名。
■8月20日(日)霧時々雨、風邪強し
4時40分起床。高校の恩師・松山先生と中谷先輩が平瀬より登ってくる。今夜は南竜泊まりとか。
午後、須甲さんが室堂に戻る。お土産の石徹白のトウモロコシをいただく。初めての甘みに驚く。
明日で郵便局が閉鎖となるため局長のお別れコンパ。21時半就寝。宿泊登山者74名。
■8月21日(月)霧
5時15分起床。台風が熱帯低気圧にかわり、山の悪天候も少しずつ風が弱まってくる。
早朝に吉田さんが下山、昼食後、局長が下山。午前中、中尾さん、久司さんと社務所に遊び(飲みに)に行く。森下さんが家族で来る。21時半就寝。宿泊登山者65名。
■8月22日(火)晴れのち霧
5時10分起床。室掃除のあと発電機の給油ホースの取り替えと給油パイプの改善。油の漏れとエアーによる油のかぶりを回避する狙い。高校山岳部後輩の北川君と村上君が来て差し入れをいただく。
午後、米運び。ダムから雪解け水を引き込むためのパイプを撤収へ。
初めて軽食コーナーの椅子に座る(明日で軽食も閉鎖のため最後に兵隊へのサービス?ぜんざいと紅茶をいただく)。
夜、軽食のはるさんとひろさんのお別れコンパ。22時半就寝。宿泊登山者53名。
■8月23日(水)晴れ
5時20分起床。午前中、くろゆり、しゃくなげ荘の毛布干し。軽食コーナーの2人と久司さんが下山。
午後、弟と上市がやってくる。E倉庫の廃材整理。修ちゃん入山。21時40分就寝。宿泊登山者86名。
■8月24日(木)曇り一時霧
5時20分起床。8時半に弟が下山。室掃除のあと米運び。午後、E倉庫整理。修ちゃん下山。21時40分就寝。宿泊登山者86名。
■8月25日(金)快晴
5時25分起床。受付の川瀬さん下山。室掃除のあと御前荘、くろゆり荘のマットレス干し。御前荘の毛布干し。上市も下山。
午後、くろゆり荘の畳干しとカビ取り。明彦さん、カッチンさん、森下さんがやってくる。
21時45分就寝。宿泊登山者95名。
■8月26日(土)晴れ
5時20分起床。週末とあって久々に神谷さんがカチカチに降りる。室掃除のあとくろゆり荘の畳干し。缶プレスしたものをヘリポートへ移動。昼食前に野球の余暇。午後、ドラム缶運び。畳のカビ落とし。卓さんが室堂に戻る。21時45分就寝。宿泊登山者337名。
■8月27日(日)晴れ一時曇り
5時10分起床。9時頃、神戸さん下山。この日からまた1号室兵隊部屋に移動。室掃除のあとしゃくなげ荘、白山荘のマットレス干し。午後、前日同様に空き缶プレスしたものをへリポートに集結させる。E倉庫の廃材処分。21時40分就寝。宿泊登山者119名。
■8月28日(月)晴れ時々曇り
5時15分起床。吉田さんは5時過ぎに下山(出勤)。25kva発電機のオイル交換。兵隊部屋の布団や毛布干し。室掃除のあとE倉庫内の整理整頓。
午後、E倉庫の掃除で出たゴミや廃材を焼却。昼食後、神谷さん下山。60kva発電機のバッテリーがあがり始動せず(原因はダイナモ故障)。夕食後入浴。21時40分就寝。宿泊登山者40名。
■8月29日(火)晴れのち曇り
5時半起床。歩荷に3人が降りて室堂の兵隊も少なくなり静かな日に。洗濯。10kva発電機のオイル交換。21時50分就寝。宿泊登山者45名。
■8月30日(水)晴れのち曇り一時雨
5時55分起床。久々の寝坊。変わりに道雄さんが発電機を始動させる。しゃくなげ荘、くろゆり荘の古い毛布やカーペットを焼却処分。
午後、道雄さん、古戸と3人で水屋尻雪渓や弥陀ヶ原方面へゴミ拾いに行く。
20時から白山荘にて山下君と聡ちゃんの下山お別れコンパ。白山荘にドラム缶を運びインディアンの太鼓に興じる。23時15分就寝。宿泊登山者47名。
■8月31日(木)曇りのち雨一時降る
5時半に起床。6時より前夜のコンパの後片付け。山下君、聡ちゃんをはじめ明彦さん、カッチンさん、森下さんも下山し兵隊は4名となる。お客さんも減り久々に読書の時間がもてる。神社にて夏山閉山祭。一般のお客さんがいないのでお神酒を何度もいただく。
夕食は閉山祭のなおらいによる室堂スタッフ全員での宴。19時半にいったん終了し兵隊部屋で2次会。騒いでいたためか道雄さんに叱られる。21時半就寝。宿泊登山者は8月初めての一桁の8名のみ。
■9月1日(金)曇りのち晴れ
6時起床。前夜、卓さんに今朝の送電は何時でもいいから適当に発電機を動かしてくれと言われていたものの、いつもの癖で5時半には目が覚める。ラジオ体操もあり10kva発電機で6時25分に送電開始。電話機もなく、冷蔵庫も動かしていないので送電は厨房用に2〜3時間で十分に。昼間発電機を稼働させていないと春山のような静かさに室堂が戻り秋山の季節を感じる。
室掃除から戻ると高校の同級生が南竜からやってくる。
神谷さんが歩荷に下り、60kva発電機の部品(ダイナモ)とごぼうを荷揚げ。21時就寝、宿泊登山者6名。
■9月2日(土)晴れのち曇り
4時半に起床。兵隊全員、厨房の女の子3人、6号室全員、卓さん、石徹白さんでご来光へ。北アルプスまではっきり眺望できる素晴らしいご来光に。奥宮のお神酒をいただくが兵隊4名全員が丼持参したっぷり頂く。神社の村山さんとの約束を果たす形に。
朝食後、軍手の洗濯。ティータイムのあと雪渓内立ち入り禁止の看板3枚撤収作業。
午後は明日下山する人たちがあわただしくなる。中尾さんは兵隊部屋の自作電装品のチェック、古戸君はゴミ焼却場の清掃。
夕食後、20時より兵隊部屋にて2号室、診療班、神社の村山さんも交えて21時40分までお別れコンパ。22時就寝。宿泊登山者128名。卓さんの予想では秋山の最初の週末、天気次第で最低でも200人のお客さんだったが肩すかし。しゃくなげ荘まで準備していたものの御前荘も満室に届かず。
■9月3日(日)霧と雨
5時40分起床。室掃除のあと受付や売店業務を引き継ぎ。神社から落雁などをいただく。昼頃、道雄さんを皮切りに一人ずつ下山し、室堂には自分のほか、神谷さん、卓さん、石徹白さんの4名のみとなる。15時あたりまでは日帰り登山客でにぎわいもあったが、その後は一気に静かな室堂に。夜、永井旅館から電話がかかり、本日下山したみんなから入れ替わり立ち替わりの励ましの長電話となる。21時20分就寝。宿泊登山者22名。
■9月4日(月)霧
5時50分起床。室掃除のあと上の飲料水タンクを全て抜き、下の3、4号タンクより揚水。午前中、入浴。夏の忙しい時期と違いゆっくり湯に浸かれる。風呂からあがると卓さんが自分と神谷さんのために瓶ビールを出してくれる、最高!
午後、気象台と電電さんがくる。20時半就寝。宿泊登山者10名。
■9月5日(火)霧時々雨
6時起床。朝食後に卓さんが下山。揚水作業、室掃除のあと、百葉箱の設置。厨房の裏に設置のための穴を掘るが石だらけで難航。
夜、神谷さんと2人で白山会に向けたテープ録音。21時半に就寝。宿泊登山者10名。
■9月6日(水)晴れ時々曇り
6時5分に起床。室掃除後ゴミ焼却。10時、電電さん3人と一緒に中飯場まで電電歩荷。下りの45kgがこたえる。12時に中飯場に着き、神谷さんは電電さんの車で下山。中飯場で昼食のあと一人室堂に戻る。天気も良く遠足気分でエコーラインを写真撮影しながらのんびり室堂へ。室堂にはなんと中西さんと小・中学の同級生、堀田君がいてびっくり。なんと中西さんと堀田君は同じ職場とか。おかげで兵隊部屋に一人は免れる。21時半就寝。宿泊登山者13名。
■9月7日(木)晴れ時々曇り
6時起床。朝食後、石徹白さんが下山。朝、神社の北村さん(しんちゃん)が登ってくる。室掃除は中西さんと堀田君がやってくれ、自分は歩荷のため9時に降りる。中飯場で卓さんと落ち合い、魚や野菜を担いで室堂まで2時間10分。途中、歩荷で初めて延命水を飲む。21時就寝。宿泊登山者17名。
■9月8日(金)晴れ
6時起床。朝食後、北村さん下山。室掃除のあとくろゆり、しゃくなげ荘の換気。夏山期間中はほとんど新聞を読む暇も無かったので午前中は古新聞読破にじっくり取り組む。
午後、小、中学時代の同級生、太田実君が弟の通っているバトミントンサークルの人と2人でやってくる。水道工事関係者と永吉さんの5名がやってくる。今日から工事とのこと。20時50分就寝。宿泊登山者15名。
■9月9日(土)霧
6時起床。下界では白山会。永井旅館から今朝のバスの乗客は11人との電話あり。午後より登山者が増え始め、須甲さんがお客さんを誘導案内、自分が受付専念となる。石徹白さんも戻り厨房は3人揃う。
受付、誘導が一番忙しいピークとなる頃、麦わら帽子にサングラスの怪しい男が現れる。なんと、吉田さんで、助っ人として来てくれる。これでだいぶ助かることに。自分は受付の清算などで忙しく、夕食のお客さん対応は石徹白3人衆と吉田さんで対応してくれ大助かりに。お客さんの夕食が終わり、下界の白山会に対抗し我々も小さな宴を開催。卓さんから若い頃の話、ちょうど二十歳の時に白山にくるようになったといった話を聞かせてもらう。宴が終わり宿泊者整理票などの作製、なんとか売り上げ集計も合って一安心。
消灯後、兵隊部屋で吉田さんと再び酒を酌み交わす。22時15分就寝。宿泊登山者104名。
■9月10日(日)霧時々雨
5時45分起床。お客さんの朝食時も自分は受付カウンターに入り、吉田さんと石徹白3人衆が食堂対応。朝食が終わってみんな一息。9時より全員で室掃除。午後、吉田さん下山。感謝。21時半就寝。宿泊登山者10名。
■9月11日(月)曇り
6時5分に起床。閑散とした室堂生活が春山以来戻り、厨房のストーブをみんなで囲み雑誌や本の読書。
昼食後、「室堂には水がありません」の看板を三ノ越まで外しに行く。室堂に戻りブルーベリー(クロマメノキ)を穫っているところへ神谷さんがやってくる。21時就寝。宿泊登山者ゼロに。
■9月12日(火)くもり
6時半に起床。前夜の宿泊登山者がゼロだったため室堂スタッフ全員早起きなし。朝食後、タンクの水抜きを容易にするための側溝掃除。
県観光保全課関係ほか公園管理事務所の千村さん、工事検査のため6名がやってくる。竹男さんもやってくる。
21時就寝。宿泊登山者14名。
■9月13日(水)晴れのち曇り
6時起床。室掃除のあと各小屋の窓を全開し換気。午後、道雄さんが室堂に戻る。差し入れに刺身。21時就寝。宿泊登山者3名。
■9月14日(木)霧
6時起床。朝食後、受付カウンターにて事務的な業務。秋山売店の売り上げ集計など。神谷さんは美大の得意技を活かし「室堂からの各コース概算キロ数と所要時間」という張り紙を書き換え。卓さんからするめをもらいコンデスミルクを飲みながら作業。
体重測定66.1kg。21時半就寝。宿泊登山者4名。
■9月15日(金)霧と雨
6時起床。連休がスタートし準備に追われる。室掃除のあと御前荘の各部屋にあらかじめマットレスを引いておく。センター2階の雑巾がけ、兵隊部屋掃除。神谷さんが歩荷で中飯場まで降りる。昼前に連休応援部隊が入山(軽食のハルさん、ヒロさん、去年の厨房に居た女の子、初めての女の子の5名)。午後、神谷さん、中尾さん、古戸君と室堂入り。古戸君は見送りに来ただけだが、結局室堂までサンダルばきのまま来てそのまま助っ人部隊に。
今日は受付に道雄さん、売店にも女の子が入ってくれるのでお客さん誘導と発電機に専念できる。
台風接近のため午後から風が強まる。先日の白山会でのみんなのメッセージが届けられる。21時半就寝。宿泊登山者145名。
■9月16日(土)霧時々雨
5時20分起床。久しぶりに早起きして発電機を稼働。朝食後、室掃除を女の子も交えて全員で。兵隊の中尾、神谷、古戸、自分の4人は夏山最終メンバーと同じ。午後4人組のうちの2人(明美さんと千恵さん)も入山。夜は助っ人組下山前夜のコンパ。
22時10分就寝。宿泊登山者43名。
■9月17日(日)霧
6時起床。朝食後、卓さん、石徹白さん、須甲さんが下山。神谷さんが飯炊き、道雄さんがみそ汁、自分は盛りつけを担当に。朝食後、中尾さんに投函を頼む手紙3通を急いで書く。9時頃に吉田さんから今から登ってくるとの電話有り。室掃除のあと昼食まで長いティータイム。
14時過ぎに助っ人部隊全員が下山(明美さん、千恵さんは15時過ぎに下山)。吉田さんも日帰りで16時過ぎに下山。
風が強く冷え込みそうなのでポンプの水を抜いておく。21時半就寝。
■9月18日(月)快晴
6時起床。室掃除のあと全小屋の窓を開け換気。白山荘の毛布干し。それが終わってティータイム。
午後はクロマメノキの収穫。中尾さんにもってきてもらったホワイトリカーにつけ込んでみる。
自衛隊救難隊の訓練飛来有り。21時50分就寝。宿泊登山者19名。
■9月19日(火)快晴
6時起床。室掃除後、7号室の毛布や布団干し。その後ティータイム。前日に続きクロマメノキで果実酒作り。夕方、大塩さんと辻さんが突然やってきて驚く。22時就寝。宿泊登山者2名。
■9月20日(水)霧時々雨
6時起床。朝の皿洗いを大塩さん、辻さんに手伝ってもらう。室掃除中、彼女達はセンター2階を掃除。昼過ぎに彼女達が下山。
午後は厨房でストーブを囲み読書。21時半就寝。宿泊登山者なし。
■9月21日(木)晴れ時々曇り
6時起床。9時から道雄さんと七倉の北斜面のロープ撤収作業へ。紅葉が結構すすんでいる。ロープを回収し四塚で昼食。室堂への帰路、コケモモを採取しながら戻る。道雄さんは写真撮影。15時過ぎに室堂へ。久々の山歩きに食欲旺盛でフルーチェを丼一杯、焼き芋半分、それに夕食と我ながら驚く。夜、昼間のコケモモで果実酒作り。21時半就寝。宿泊登山者10名。
■9月22日(金)晴れ時々曇り
6時起床。室掃除のあと久々の入浴。風呂の残り湯で洗濯。昼過ぎに須甲さんがキノコを取りながら室堂に戻る(須甲さんは室堂に戻る日を1日間違えて早く来てしまったとか)。このキノコは夕食用に。兵隊部屋のお酒の在庫がとうとうジョニ黒とブランデーのみとなり、ジョニ黒に手をつける。21時50分就寝。宿泊登山者24名。
■9月23日(土)霧のち雨
いよいよ秋山のピークか。6時起床。室掃除のあと御前荘としゃくなげ荘をお客さんの受け入れ準備整える。室掃除から戻ると早くもお客さんが受付に。さっそく誘導案内を開始。神谷さんとひっきりなしに誘導に追われ、いつの間にか中尾さん、吉田さん、4人組、聡ちゃん、ウータントの助っ人部隊到着。中尾さん、吉田さんにはすぐに誘導に加わってもらう。昼食も忙しさの中、手短かに交代交代で。
午前中に金丸さんが来て発電機の点検と調整。20kva発電機のオイルエレメント、燃料エレメントの交換方法やエアー抜き方法を教えてもらう。
悪天候ながら想定を上回る登山者に御前荘、しゃくなげ荘が満室に。くろゆり荘は受け入れ準備整えていなかったため急遽準備。助っ人として来た生水さんの診療班2名にも誘導を手伝ってもらう。そのうちに白山荘の毛布が足らなくなり急遽、運び入れ。白山荘も満室となり自炊のお客さんもくろゆり荘に案内。くろゆり荘は念のためマットレス2枚に3人(毛布は一人1枚)の体制とする。
午後、弟がやってくる。夕食はお客さんと同じ炊き込みご飯に。22時半就寝。
■9月24日(日)晴れ
4時半起床。全員で室掃除。その後、売店の売り上げ集計など。午後、4人組、吉田さんを皮切りに助っ人部隊が次々と下山。
夕食は焼き肉、差し入れの豚足など。残った助っ人部隊との酒宴で就寝は24時。宿泊登山者14名。
■9月25日(月)晴れ時々曇り
6時起床。前夜の二日酔いで朝食すすまず。神谷さんと聡ちゃんは朝食不要と。二日酔いで苦しむ神谷さんに道雄さんがヒルバオ雪渓にロープ撤収に行くぞと追い打ち。8時半頃、卓さん、石徹白さん、須甲さん、聡ちゃん、ウータントが下山。室掃除は中尾さんと2人で。午後、県の観光課の検査員がくる。21時就寝。宿泊登山者7名。
■9月26日(火)曇り、夕方一時にわか雨、風強くなる
6時起床。朝食後、ごみ焼却。室掃除は特に御前荘のカビ取りに重点を置く。その後、各小屋のトイレ、センタートイレを清掃。トイレの水抜き。
昼食後、中尾さん下山。しゃくなげ、くろゆり荘のトイレ換気口パイプ封鎖と冬支度。飲料水揚水。今夜からの冷え込み予想に備えポンプの水抜き。21時50分就寝。宿泊登山者3名。
■9月27日(水)曇りのち晴れ。初氷
6時起床。水場の横のたまり水や室堂裏の池の一部に氷。朝食後、発電機に給油。60kva発電機のラジエーターの水抜き。20kva発電機のラジエーターに不凍液注入。21時45分就寝。宿泊登山者52名。
■9月28日(木)曇りのち雨、そして初雪
6時起床。室掃除中、雪が降り出す。つい、犬のように喜んでしまう。午後より雨、風が強くなる。21時半就寝。宿泊登山者12名。
■9月29日(金)雨
6時起床。室掃除が終わればストーブを囲んでの一日。風雨強く、白山荘、くろゆり荘の南側の雨戸を閉める。「孤立の憂愁の中で」(高橋和己)を読み終える。21時半就寝。宿泊登山者1名。
■9月30日(土)雨のち晴れ
6時起床。室掃除の後、週末のお客さんの受け入れ準備のため御前荘のマットレスを全てひいておく。しかし天気が冴えないせいか意外とお客さんもすくなく、また応援部隊もなしで平日に近い状況に。センター2階、階段の掃除。就寝は21時半。宿泊登山者22名。
■10月1日(日)快晴
6時起床。くろゆり荘の毛布を干し、閉山準備のため御前荘に運ぶ。昼過ぎに中尾さんがやって来て、毛布たたみを手伝ってくれる。夕方近く、森下さんと神戸さんがやってくる。刺身などの差し入れがありがたい。21時就寝、宿泊登山者25名。
■10月2日(月)快晴
6時10分起床。秋晴れが続き、今日はしゃくなげ荘の毛布干し。道雄さんも含め6名での作業に仕事もはかどる。
15時35分から皆で日蝕を観測。22時就寝。宿泊登山者6名。
■10月3日(火)晴れ
6時起床。朝食後、6月にヘリで運ばれてきた新しい缶ペコをセンター内にしまう。くろゆり荘のマットレス干し。昼食まで道雄さんと頂上や池めぐりコースを周りゴミ拾い。昼食後もおなじように今度は御前荘から南竜、分岐、黒ボコ、弥陀ヶ原、五葉坂と周りゴミ拾い。21時半就寝。宿泊登山者9名。
■10月4日(水)晴れのち曇り
6時起床。室掃除のあとソフトボールの余暇。午前中、発電小屋横の側溝掘り。卓さんたち3人は発電小屋横の橋の取り替え作業。自分たちはダムの橋の修理。
午後、古い橋の廃材焼却。昼過ぎに中尾さん、森下さん、神戸さんが下山。自衛隊ヘリが訓練用食料などを投下していく。21時40分就寝。宿泊登山者2名。
■10月5日(木)曇りのち雨
6時10分起床。朝、石徹白さんがボーリング中だった温泉が湧き出たとの報を受け下山に。朝食後、前日に続き廃材を焼却。
午後、高体連の山岳部団体が新人大会ということでやってくる。春以来後輩たちと顔を合わせる。
夕食後、後輩達が泊まっている白山荘へ行き歓談。明日は岩間道を降りるとのこと。白山での仕事が終わったら黒部下ノ廊下へ山行との約束を北川君とする。21時半に就寝。宿泊登山者52名。
■10月6日(金)晴れ、風強し
6時5分に起床。室掃除後、E倉庫の掃除、廃材処分。午後はその廃材を焼却。
今朝の最低気温は0.4度と冷え込む。稚内では初雪とか。富士山でも30センチの降雪のニュース。御岳も初冠雪しているのが朝見えた。21時半就寝。宿泊登山者23名。
■10月7日(土)曇り
6時起床。朝食後、週末のお客さん受け入れ準備。道雄さんの予想は200名。午前中、センター2階、兵隊部屋の掃除。前日に続き廃材焼却。
午後、砂田君、舟見さん、乙谷さん、安田さん2人の5名が助っ人としてやってくる。砂田にはさっそくお客さんの誘導を担ってもらう。夕方、久司さん到着。夕食中に上市と古戸君がきて室堂がまたにぎわいを取り戻す。
22時就寝。宿泊登山者205名。
■10月8日(日)曇り
5時起床。久しぶりに暗いうちに起きて発電機を稼働。朝食前にフロアーやセンター玄関の掃除。6時半からみんなでラジオ体操だが、自分だけはカウンター受付でお客さんへの弁当配布。朝食後、室掃除。
15時過ぎに久司さんがカチカチを行いながら下山。17時頃入れ替わりに吉田さんがやってくる。
夕食後、古戸が差し入れてくれた生ビールで助っ人部隊と酒宴。道雄さんは誘ったものの参加せず、途中より池ちゃんが参加し、昔の兵隊生活の自慢話を聞かせてもらう。総勢、10名のうち女の子はほとんど飲まなかったものの、兵隊6名で7リットルの生ビールを飲み、ビールがそこを着いたとこでお開きに。22時。宿泊登山者263名。
■10月9日(月)曇りのち雨
5時起床。卓さんたちが白山荘の室掃除をやってくれ助かる。しゃくなげ荘の玄関のカビ落とし。室掃除のあとティータイム。
午後、室堂前でソフトボール。夜は応援部隊とのお別れコンパ。22時15分就寝。宿泊登山者71名。
■10月10日(火)霧時々雨
5時10分起床。室掃除中に砂田と女の子4人が下山。入れ替わりに、お昼に吉田さんがやってくる。その吉田さんも15時に上市、古戸とともに下山。21時40分就寝。
■10月11日(水)曇りのち霧
6時5分に起床。朝食後、トイレの浄化槽の清掃。午後、自衛隊救難隊の4名がやってくる。雑用水タンク、4号タンクの水を抜く。
夕食時に公園管理事務所の千村さんがやってくる。夕食後、救難隊のお誘いでE倉庫でとんちゃん、ビールをいただく。
21時に就寝。宿泊登山者10名(うち4名が救難隊)。
■10月12日(木)霧
6時に起床。室掃除と食器洗い以外はストーブを囲む。
21時就寝。宿泊登山者19名(うち4名が救難隊)。
■10月13日(金)晴れ一時曇り
6時5分起床。室掃除のあと各小屋のトイレの雨戸閉め。閉山準備でくろゆり荘を完全閉鎖。室堂前の看板外し。
午後、発電機を稼働し軽油給油。空のドラム缶を移動。缶ペコ作業。
神谷さんもあと3日で下山に。21時半就寝。宿泊登山者3名。
■10月14日(土)晴れ
6時5分起床。朝食後、今年最後となる揚水作業(3号タンクから)。週末準備で御前荘、白山荘にマットレスをひく。センター内の清掃。
昼食後、道雄さん、神谷さんとフリスビーに興じているところへ中尾さん、上市、美大の炎さん、樋口さん、炎さんの友人3名がやってくる。先週で助っ人部隊も終わりと思っていただけに嬉しくなる。これで厨房も大助かり。その後、診療班4名もやってくる。また室堂が賑わう。
21時50分就寝。宿泊登山者250名。
■10月15日(日)霧
4時50分起床。1階に降りると15名くらいの登山者が夜がけで来ていた。中には勝手に受付カウンターに入り込み毛布にくるまっている強者も。室掃除のあとティータイム。昼食時、吉田さんがやってくる。
午後はフリスビー、ソフトボール、なわとび、記念写真。15時過ぎに吉田さんが下山。今夜は神谷さんとのお別れパーティー。
自分は睡魔に負け22時就寝。宿泊登山者12名。
■10月16日(月)霧
6時起床。室掃除のあと、しゃくなげ荘を完全閉鎖に。センタートイレの雨戸閉め。
13時半頃、応援部隊全員と神谷さんが下山。発電小屋横の雨水プールの水抜き。夕方、飲料水の揚水。21時就寝。宿泊登山者7名。
■10月17日(火)快晴
6時5分起床。朝食後、8時から有線ケーブルの撤収作業。作業は予想よりスムーズに進む。春は別当覗きまでケーブルを張ったものの、秋の撤収は中飯場まで。21時就寝。宿泊登山者9名(うち4名が救難隊)。
■10月18日(水)霧
6時5分起床。室掃除のあと3号タンクの水抜き。水中ポンプも撤収。発電小屋の排気窓も閉鎖。E倉庫窓に雨戸。センター食堂北面窓に雨戸と越冬準備すすめる。
午後、姉が2人ずれでやってくる。あまりの突然にびっくり。サントリーリザーブとサラミソーセージの差し入れ。弟が専門学校に合格し今自動車教習所に通っていることなどを聞かされる。
夕方、3年前まで兵隊をやっていた鳥越さん(小松市城南町在住、植木職人)がやってくる。同じ小松、同じ長期室堂バイトということで話が弾む。
一日中ガスがかかり救難隊は訓練にならず。20時40分就寝。宿泊登山者8名(うち4名が救難隊)。
■10月19日(木)晴れのち曇り
6時5分起床。朝食後、道雄さんと別山まで。展望コースから南竜へ。別山頂上で昼食。別山平まで足をのばす。帰りはゴミを拾いながらエコーライン経由で室堂へ。22時就寝。宿泊登山者2名。
■10月20日(金)晴れ一時曇り
6時5分起床。室掃除の後、焼却炉や百葉箱にペンキ塗り。20時就寝。宿泊登山者8名。
■10月21日(土)雪(初冠雪)
6時5分起床。起きてみて窓の外が真っ白の世界になっておりびっくり。9時10分、天気図をとってみるとたしかに西高東低に。終日この雪が降り続く。それでもお客さんはくるもので兵庫の団体36名に加え、閉山前の週末としてはかなりの客数に。中にはキャラバンシューズやズックの人もいて困ったものである。
平瀬道側は大白川ダムまで、砂防新道は中飯場までが雪とのこと。宿泊登山者110名。
■10月22日(日)快晴
5時起床。ボイラー使用、25kva発電機を回すのもシーズン最後か?室掃除のあと、白山荘の毛布をレンジャーステーションに運び、マットレスを毛布部屋にしまう。ゴザも倉庫に移動。
本日より自炊客は寝るのは御前荘、自炊は白山荘でとなる。室堂平の登山道標識の取り外し。飲料水タンクの水抜き。
昼近くに中尾さんと吉田さんが登ってきて午後下山。
21時就寝。宿泊登山者12名。
■10月23日(月)曇り
6時5分起床。室掃除のあと天気図。御前荘の7号室を除く南側部屋の雨戸閉め。外スピーカーを外す。軽食コーナーに雨戸。25kva発電機の冷却水抜き。バッテリー外す。
昼食後、飲料水タンク内の清掃。登山道横のロープの留め金外し。送電後、給油。給油ポンプ撤収。
夕方、県の丸山さん他1名が来る。21時40分就寝。宿泊登山者5名。
■10月24日(火)霧
6時5分起床。室掃除のあと天気図。午前中、売店の在庫チェック。自然保護センターから3人が日帰りでやってくる。
本日は発電なしで夕食も暗闇の中で。20時40分就寝。宿泊登山者なし。
■10月25日(水)霧
6時半起床。朝食後いよいよ本格的に閉山準備。白山荘を冬期避難小屋として使用する登山者のための注意書き作り。天気図を作製したあと、ごみ焼却。百葉箱の撤収。御前荘、白山荘の雨戸も全て閉める。
夜は個人の荷物のパッキング。21時就寝。宿泊登山者なし。
■10月26日(木)曇り、室堂シーズン最終日
6時10分起床。朝食後、最後の洗い物を済ませまず道雄さんと自分が8時25分に下山開始。厨房の残り物のジャガイモ15kgを含む50kgの荷物が応えたのか中飯場から別当出合の間で痙攣。11時40分別当出合に。神社から安達さんが出迎えに。まず永井旅館に立ち寄り挨拶。竹男さんになめこをいただく。白山比咩神社にて下山報告(権宮司さんはあいにく不在)のあと安達さんに車で小松まで送ってもらう。帰宅して入浴、各方面に下山の電話報告。夕方街まで自転車で出かけるも、街の中に意外と溶け込んでいる自分に違和感も。高校山岳部の部室にも立ち寄るが誰もいなく伝言のみ残す。